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東京地方裁判所 昭和35年(タ)116号 判決

原告 伊藤信子

被告 伊藤正元

主文

原告と被告とを離婚する。

原、被告間の長男直彦(昭和二七年八月二四日生)の親権者を原告と定める。

被告は原告に対し金一〇〇万円及びこれに対する昭和三五年七月一六日から右完済にいたるまで年五分の割合の金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人等は主文同旨の判決を求め、その請求の原因として

一、原告は昭和二五年一〇月一九日夫なる被告と婚姻した。

二、被告は東京大学医学部専問部を、原告は東京女子医学専問学校を夫々卒業し、両者共に昭和二四年に国立横浜病院でインターンを終了し、医師国家試験に合格し、婚姻当時被告は横浜医大助手であり、原告は追浜共済病院に勤務し初め肩書本籍地に、次で横浜市戸塚区の市営住宅に同棲していたが、昭和二七年四月に原被告共岡山県邑久郡裳掛村虫明国立療養所長島愛生園に転勤し、同所で同年八月一四日両者間に長男直彦が出生した。その後昭和二八年三月に被告は群馬県草津にある国立療養所栗生楽泉園に転勤し、原告も同伴したが同療養所に勤務はせず、専ら家事に従事していた。

ところが被告は私費留学生として三年間整形外科研究の為昭和二九年一二月渡米し、原告は長男と共に原告の実家なる肩書住所に居住して現在に至つている。

三、而して被告は渡米後メリーランド、ボルチモアの病院にインターンとして入り、一ケ月手当二〇〇ドルを受け、昭和三一年七月にはニユーヨークに移つて同地の病院に勤務、整形外科の研究に従い、昭和三五年夏頃からはニユーヨークの大学の助教授となつたが、その間予定の三年間が過ぎても被告は帰国せず、昭和三二年末原告が渡米して被告の許に赴き度い旨言つてやつたところ被告は昭和三三年二月に原告の渡米を断り、同年六月には原告に対し婚姻解消の諾否を問合せて来、同年八月二八日附で手紙を送つて来たのを最後とし、その後原告が昭和三四年二月及び六月に手紙を送つたのに対し返信をよこさず、全然原告との音信を絶つた儘、尚渡米以来原告に生活費を送金しない儘、現在に至つている。

四、前項に掲げた原告に対する被告の所為は民法第七七〇条第一項第二号にいわゆる悪意を以て配偶者を遺棄した場合に該当するが、右遺棄は被告が原告との音信を絶つた当時完成したものと解すべきである。

五、原告は婚姻当初から或は医師として被告と共稼ぎをし、或は家庭に於て家事に専念し、被告が渡米した後は長男を養育し、生活の資を得る為昭和三一年一月から伊豆の逓信病院に、昭和三三年一月からは横浜市千種眼科医院に医師として勤め、同年六月からは右勤務の傍ら肩書現住所で眼科医を開業し、同年一一月からは専ら現住所に於てのみ右医業に従事しているが、その間その所行につき何等非難されるべき点はなく、只被告の成業を楽しみとして努力して来たところ、被告から前記の通り不法に遺棄され離婚のやむなきに至る結果蒙るべき精神上の苦痛は甚大であり、被告は格別の財産は有していないけれども、現在米国で医業に従事し少くも一ケ月三百ドルの収入があり、将来帰国すればその学歴経歴等により相当高度の地位、職業、収入を得べきことは確実であつて、現在直に帰国したとしても月収十万円以上を得べきことは明らかであり、他方原告も格別財産はないけれども、現在前記の通り眼科医として七・八万円の月収があり、社会的に相当な地位を有しており、叙上諸般の事情に徴すれば前記精神上の苦痛の責任者たる被告が原告に対して支払うべき慰藉料は金百万円が相当であり、又叙上すべての事実関係に鑑みれば未成年の長男直彦に対しては原告に親権を行使させるのが適当であつて、被告に之を行使させることが不適当であることが明らかである。

六、然るに被告は昭和三四年八月一二日に北米合衆国ネバダ州地方裁判所に本件原告を相手方とする離婚請求訴訟を提起し同裁判所に於て本件原告欠席の儘審理が進められ、同年一〇月五日に「原被告が昭和二九年から右訴訟提起まで引続き三年間以上別居し同棲していない」との理由を以て右請求を認容する判決がされ、同判決は同月三〇日本件原告に送達されたけれども、右は我が民法の全く認めざる事由に基き離婚を許したものであるから、法例第一六条の趣旨に照して日本において効力を有するに由ないものである。よつて原告は被告との離婚及び原被告間の長男の親権者の指定並びに被告は原告に対して慰藉料金百万円とこれに対する本件訴状送達の翌日から右完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める次第である。と述べ、立証として、甲第一ないし第三号証、第四号証の一、二及び第五号証を提出し、証人黄瀬源三郎の証言及び原告本人尋問の結果を援用した。

被告は適式の呼出をうけながら、本件口頭弁論期日に出頭せず、答弁書その他の準備書面も提出しない。

理由

一、まず事実関係を按ずるに、公文書であるから真正の成立を推定すべき甲第一及び第二号証、原告本人尋問の結果により真正の成立を認めるべき同第四号証の一、二、証人黄瀬源三郎の証言及び原告本人の供述並びに本件弁論の全趣旨を綜合すると、原告主張の請求原因一ないし三の各事実及び六のうち原告主張の日に米合衆国ネバタ州地方裁判所が被告の提訴に基き同主張の理由をもつて原、被告を離婚する旨の判決をなし、同判決が同主張の日に原告に送達された事実を認めるに十分である。

二、そこで原告の離婚請求の許否に先立つて前記米合衆国ネバタ州地方裁判所の確定判決が我国法上承認されるべきか否かについて判断する。

外国裁判所判決承認の要件に関する規定として民事訴訟法第二〇〇条が存するが、右は主として財産権上の請求に関する外国判決の場合を規定したものであつて、身分上の事項に関する外国判決の承認に関してそのまま適用されるべきでないと考えられる。蓋し右規定に掲げられた要件は旧民事訴訟法第五一五条と実質上異ならないところ、右旧民事訴訟法の規定は外国判決の執行の要件を定めたもの、我国において執行を要する財産権上の訴についての外国判決の効力に関するものであるから、右第二〇〇条の立法にあたつて予想されたところは、かかる種類の外国判決のみであつたと考えられる。実際的に考えても第二〇〇条各号中第一ないし第三号は財産権に関するものであれ身分上に関するものであれ適用上差異を生じないが、第四号を身分上の事項に関する外国判決にそのまま適用すれば、例えば外国人夫婦がその本国において同国法上適法の離婚判決をえても該外国と我が国の間に相互の保証がないならば、我が国において重ねて離婚判決を得なければならないこととなり、その不都合なことは明らかである。また同条は外国裁判所の判決に際して適用(準拠)した法律の内容を問うていないが、例えば我が国籍をもつ夫婦が属地主義をとる外国裁判所において、それ自体は我が公序良俗に反するものでないが我が民法に存せざる同国の法律によつて離婚せしめられた場合などを思うと、法例第一六条の規定と対比して法体系上蔽いえざる矛盾を生じ法の趣意に沿わないこと明らかである。従つて同条は身分事項に関する外国判決にはそのまま適用されるものでないと解せざるをえない。

しかして身分事項に関する外国判決の承認について如何なる条件が必要とされるかというと、右規定中第一ないし第三号はこの場合にも類推適用されるべく、なおその他に上叙の説明及び法例第一六条第三〇条などの規定及び我が法の建前である本国法主義に照すと、我が国籍を有する者を被告とする婚姻、離婚その他人事訴訟法所定の訴については、該外国裁判所が我が国際私法法規である法例の指定する準拠法によらず、これによるよりも不利な裁決をなした場合には、その効力は承認されるべきでないと解するのが相当である。

これを本件についてみると、前記ネバタ州地方裁判所は被告の提起にかかる原被告間の離婚訴訟について、原被告は「昭和二九年(一九五四年)から右訴訟提起にいたるまで引続き別居し同棲していない。」との事実を認定し、これに相当する同州法を適用して原被告を離婚する旨の判決を下した。しかし右のごとき事由は我が法例により夫婦ともに我が国人である場合について適用される我が民法上離婚原因とされていないところであり、右理由によつて離婚せしめられるにおいては我が国人である被告の利益を害すること勿論である。よつて右外国判決は上叙の説明により我が国法上承認されるべきものでないから原被告は依然法律上夫婦の関係にあるものといわなければならない。

三、よつて進んで原告の離婚請求について判断するに前認定の、被告は原告との約束期限である昭和三二年末を経過しても帰国しようとせず、原告から渡米して同居するとの申出をうけても拒絶し、却つて一方的に原告に対して婚姻解消を求めて、かつ前記ネバタ州地方裁判所に離婚の訴までも提起した事実に照すと、被告は夫婦の同居義務に違背して悪意をもつて原告を遺棄したものというべきである。

よつて民法第七七〇条第一項第二号に基き被告との裁判上離婚を求める原告の請求は理由がある。なお原被告間の長男の親権者については、前認定にかかる原告において同児を扶養しつつあることその他諸般の事情に照すと原告をもつて親権者とするのが相当である。

四、次ぎに慰藉料の請求について判断するに、被告は前記不当な所為によつて原告をして離婚するのやむなきに至らしめたから、これにより原告に蒙らしめた精神上の苦痛を慰藉するため相当の慰藉料を支払うべきである。

右額について按ずるに、前認定の婚姻中の経過、離婚原因及びその態様並びに前掲証人及び原告本人の各供述及び当裁判所が真正の成立を認めるべき甲第三号証によつて認められる、原告は現在眼科の開業医として社会的に相当の地位を有すること、被告には現在とくに財産はないが米国の前記病院に勤務して相当高額の収入を得て、将来日本に帰国した際には従来の学歴、経歴に右米国における研究実績が加つて相当高度の地位、職業及び収入を得ることが確実視されること、その他諸般の事情を斟酌すると、金一〇〇万円をもつて相当とすべきである。従つて原告の被告に対する右金員及びこれに対する本件訴状送達の翌日であること記録上明かな昭和三五年七月一六日から右完済にいたるまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める請求も理由がある。

五、よつて原告の本件請求はすべてこれを認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 高井常太郎 篠清 渡部保夫)

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